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無理してやらなくてもいいよ の話1 からの続きです

もしお読みでなければ 1 からどうぞ

学生時代のなんとも複雑な気持ちから15年後ぐらいに
うちの息子が声変わりの時期を迎えました。

子どもたちが通っていた小学校は、
中学年以上の音楽は専科の先生が教えてくださるシステム。

その前年までの専科の先生は
ちょっとできすぎてた!
普通の校歌だというのに、
朝礼での斉唱は耳がとろけるかと思うくらい
甘美な子どもたちの歌声で空間が満たされていくような感じ。

子どもたちがみんな楽しそうに、いきいきと
自由にのびのび声を出して歌う様子は、近所でも評判。

行事の参観では、校歌斉唱を楽しみに
わざわざ見に来る近隣の人もいるくらい。

この先生に教わると、子どもたちはみんな
「コーラス大好き!」「音楽って面白い!」になるという
魔法使いみたいな先生だったのです。

その専科の先生が、
文字通り惜しまれつつ異動。

次に来た先生も熱心でいい先生だったんだけど、
なんせ、前任がすごすぎた。

うちの息子も、前任の先生のおかげで
音楽大好きになってたので、
異動に伴うガッカリ感半端ないところにもってきて、
予期せぬ声変わりに見舞われる。

歌を歌おうとしても声が出ない。
声を絞り出すと、予想もしない変な音が飛び出す始末。
とても美しいコーラスには加われません。

勇気を出して、その先生に「声が出なくて歌えない」と言ったところ、
あっさりと「なら、歌わなくていいから」と言われちゃった。

本人、そう言われたら居場所がない。
いきおい態度も悪くなる。
ふてくされ感丸出しで音楽室にいたところ、
「そういう態度なら出て行きなさい!」と言われちゃった。

で、素直に「はい、出て行きます」と出て行っちゃった。

しかも、同じように声変わりだから歌わなくていい、
と言われた男子たちが次々出て行き、
結果、クラスの男子全員教室に戻るという……

そりゃもう大問題となり、
私も呼び出されてしまいました。

当時の私、PTA会長だったのに トホホ

いろいろ思うところはありましたが、
息子の態度が悪かったことはお詫びして、
よく言ってきかせます、とお話して、
その場はいったん引きました。

で、後日、音楽の先生と一対一になったとき
ちょっとだけお話。
私自身にも経験はあるけど、
実技の教科で「お客様でいいよ」と言われるのは、
本人にとってはちょっとツラいんです、ということ。
声がダメなら、楽器でも、手拍子でもいいから、
何か授業に参加できる部分を作ってくださるとありがたい。
もし、のどを守るためにそういってくださったのなら、
そこまで説明てくださると意図が伝わったかもしれません。
というようなことをお伝えしました。

元々音楽が好きで、音楽の先生になられた方なので、
そこはもう以心伝心で、私の言いたいことは伝わりました。
初めての出産→育休から復帰したばかり、
絶賛子育て中だという先生の個人的な事情、
そして前任の先生の存在がプレッシャーになっていることも打ち明けて頂き、
前の先生ができすぎだったので、どなたがいらしてもガッカリ感はあったと思います、
そこはあまり気にしないで下さい、というようなことも正直にお伝えしました。

その後は少しずつその先生らしさを発揮され、
三歳下の娘が卒業するころには、
また違った感じで
みんなが音楽の授業を楽しんでいたように思います。

「あいつには無理だな」「私には無理です」の先にあるのが
「無理してやらなくてもいいからね」だとしたら、
それはやさしさじゃないんじゃないかと考えます。

「そうか、難しいんだね。で、どれならできる?」
「どんなことならできそう?」
「どこを手伝ったらできるようになる?」

っていうのが、やさしさ、じゃないのかなぁ。

そもそも合奏にしても、合唱にしても、
体育のダンスなどにしても、
完成度の高さを競うとしたら、
「できない人」はお荷物でしかない。

でも、「できない」をどう「できる」にするかだけじゃなくて、
「できないからどうするか」を
みんなで考えられるようになったらいいのになぁ。

一人ひとりが、「自分自身の成長」ってのを
実感できるようになればそれでいいのにな、
そんなことを願っています。


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