もう半世紀ぐらい前の話になっちゃうので、
若い方にとっては「歴史」のお話かも?

中学生だった私は、
当時の言葉で言うと「非行」っていうのに走りまして、
けっこうメチャクチャやってたことがありました。

もう今は「昔はやんちゃしててさぁ」みたいなことも
気軽に言えない時代になっているので、
あんまり公言はしてないんですけど、
相当ひどかったです。

そうやって暮らしていると、
仲間も「そういう系」の人が多くなり、
そして、ある日突然消える。
「捕まる」からです。

「大けがする」「死ぬ」もあります。
事故、自殺、事件などなど……

夜に出歩くこととか、
反社会的な行動をとる人たちとばかり付き合っていると
それが「普通」になっちゃうんです。

あの子が補導された、
少年院に行った、
矯正施設に入った、
家から出されてお寺に預けられた……
そういう子たちがいるのが「普通」な中で、
数年間を過ごしました。

で、そんな日々の中で、
仲間の一人がバイクで知り合いの人のお子さんをはねた、
そして、逃げた、という事件がありました。
幸い大きなけがにはならなかったのですが、
パトカーの追跡から無灯火で逃げて、
細い道に入ったところではねちゃった。

そして、その子の親御さんも犯人はだれかわかってるのに、
犯人であるその子は名乗り出なかった。
自分が小さい子をケガさせたのに。

これ、私にとってはものすごくショックで、
仲間内でふざけて暴走してるのとは違う、
知り合いの子どもをはねたのに、知らん顔して、
今まで通り何事もなかったように付き合うとか、
絶対できないし、しちゃいけないと思った。

もんのすごい嫌悪感!

その一方で、
反社会的なところにしか、
居場所がない子どもたちがいて、
そこで群れて、「非行」を重ねている。
それはその子のせいなのか?
というのも、ずっと考えてました。

当時は「非行に走る子は甘えている」
「我慢が足りないから非行に走る」と
言われるのが当たり前。

でも10代の私は、違うって思ってた。
両親の不倫 離婚 
ネグレクト
貧困
肉体的な虐待
10代の子どもたちには過酷すぎる環境にいて
耐えられず、爆発したのは
その子のせいなの?

あなたは生まれてからずっと、
また10代で、
同じ環境に置かれたとき、
非行に走らないっていう自信がありますか?
そう聞きたかった。

だれか一人ぐらい、まともに彼らの気持ちを代弁できる
そんな大人がいてもいいんじゃないか、
それなら、私がそんな大人になりたい、
そう思ったんです。
そしてその仲間たちとは距離を置き、
夜の遊びはやめて、
高校に進み、教育大学に進学した。

って書くとすごくかっこいいのですが、
そんなきれいごとでもないです。
なんで仲間から距離を置いたのか、
何がきっかけだったか、
自分では「これかな」と思うことはいくつかありますが、
簡単に言えないし、誰にでも話せることではないです。
もっとグダグダで、
だらしなくて、いいかげんで、
人任せな部分も大きかったんです。
ひと言でいうなら「運がよかった」です。

そこから40年。
私が「つらい子どもたちの代弁」なんかしなくても、
ちゃんと代弁してくれる人や、組織が
たくさんたくさん出てきてます。
問題行動の後ろには、
たくさんの要因があって、
それらが絡み合って、
「現象としての非行」につながっていることも
共通の理解となってきました。
「子どもが悪い」という論調は
影を潜めていますよね。

……というようなことも
ほとんど忘れていた先週の金曜日、
「つみき」のイベントで
もと少年院の先生(法務教官)だったっていう
安倍さんのお話をみんなで聴きました。

そして、あの頃の自分がどんどんどんどん
よみがえってきた。
あの頃の、夜の街の臭いとか、
ちょっと狂気じみた雰囲気、空気感、
そういうものがよみがえってきた。

続きます

※続きます とは書きましたが、
うまくまとまる気がしない。
もしかしたらしりすぼみになるかもしれませんが、
許してね。