昨日の投稿で、全体の傾向と自分の問題はちがう。
「あなた」のことはあくまでも個別の問題だということを書きました。

ご相談を受けているときには、
一所懸命にその方のお話を伺います。

もちろん、「もう少しこうすればいいのかな?」と思うことはあります。
「こうしたらラクになるんじゃないかな?」と感じることもあります。
全体の傾向として。
でも、今のご相談はその人だけの話です。
当てはまるかどうかはわからない。

だから、私は「こうすべきよ!」
「ぜったいこうしたほうがいいわよ!」とは言えない。
ご相談の場面では極力この言葉は使いません。
言いそうになることはありますが、
ブレーキがきゅっとかかります。

決めるのは私じゃないからです。

でも、私自身も何度も経験していることですが、
辛いときは誰かに決めて欲しい。
誰かに断言して欲しい。
どうしていいかわからないから「こうしなさい」と
言って欲しい。

実際、お相手から「これが正しい」
「こちらに進めば幸せになれる」と
言ってもらいたい気持ちを
ひしひしと感じることも少なくありません。
とにかく「正解をください」と、
喉がカラカラの時に水を求めるような感じで
ご相談においでになる方は少なくないです。

そして、そういう方は少しがっかりされるかも。
「なんにも答えはもらえなかった」って。

そんなとき、そこにズバッとハマるアドバイスが飛び込んでくる。

「○○に困ったら、××をすれば解決!」
「○○を避けたいなら、△△でOK!」みたいな感じ。

たとえば、
夫の浮気には○○を飲むといい
子どもの反抗期には朝三回○○をすればいい
とか。

どう考えても、それはないだろう?と思うようなことでも、
困り果てているときには信じるし、すがるし、実行する。

冷静に考えれば、ありえないことに、
飛びついてしまう心理を上手に使ったビジネスは沢山あります。

誰かの困りごとは、
誰かの御馳走
なんです。

「こうすればすっぱり解決!」って
真正面から言ってもらうと、
すごく安心するし、
頼りたくなる気持ちはわかります。

頼ってみることでいったん気持ちがリセットできて、
冷静にものが考えられるようになるなら、
それもいいと思います。

実際、一点集中型でこだわっていた気持ちが、
一つ外れてほかのことに向くことにより、
楽になり、悩みが解消しちゃうこともあります。

でも、そこに依存しちゃうとまたつらくなる。
世間とか、常識とかに寄せていけなくて苦しかった自分を
救ってくれた別の価値観があって、
そこに頼っていくことで安心感が得られて、
しばらくの間はいいけど、
時間がたったら今度はその価値観に寄せていけない自分がでてきて
苦しくなっちゃうから。

もしそうなったら、
そこからも少し距離をおいて、
「わたしがわたしの問題として、
しっかり考えていく」ことを
サポートしてくれる人やツールをさがしてみませんか?

判断の基準は「あなたの幸せを他人が断言しない」ことです。

幸せってなんだろうね? というようなことも、
考えるきっかけになると思います。
教育とか関心ないし、という方にも
きっと響く内容だと思いますよ。まだ参加できます。

学校は確実に変わり始めています。
その先頭に近いところで
日々頑張っておられる先生が次々に登壇なさいます。
今週末、土曜、日曜の夜が最後です。
もちろん、全回参加する必要はありません。
お布団の中で耳だけ参加でも大丈夫(*^^)v
【偽善者フェス2】 ~カッコイイ先生の祭典!~
※主催者からのメッセージ「一回で元が取れる! 2回以上参加したら必ず得をする!というイベントです。ぜひご参加ください!」