昨日
気持ちを離したら死んでしまうと思った夜のこと
という投稿をしました。

30数年前、2歳の娘がお風呂で転倒して
ひどい脳震盪を起こし、
救急車で運ばれたときの話です。
書きながら、追記した方がいいかなあと思ったことがいくつか。

  • とどさんはなにしてたの?ということ
  • コーイチくんのママが用意してくれたお金のこと
  • ご近所づきあいのこと

まずその晩、とどさんは何をしてたの?って話

彼は当時30代半ば。1990年頃の話なので、
もうバブルも後期でしたが、
毎日忙しく、ほとんど家にいませんでした。
夜中二時ごろにタクシーで帰宅して、
玄関でごろんと寝てしまい、
そこに私が枕とお布団を運んで、5時に起こして、
始発で出かける……というのがデフォルトだったんです。
そして、帰って来ないこともたびたびでした。
でも、携帯はおろか、ポケベルもない時代でしたから、
どこで何をしてるかわかんない。連絡もつかない。
帰ってくるときは会社を出たところか、
ターミナルから電話がかかってきて、
「今から帰る」って言われるので、
ああ、今日はご飯が必要なんだな、って。
そんな感じ。
この日も帰って来なかったと思います。
さすがにものすごく不安だったので、
置いてあった会社の近くのマージャンやさんのマッチをみつけ、
そこには電話してみましたが、連絡はつきませんでしたね~。
当時は周りのご家庭も同じような家庭が多くて、
そんなもんだ、って思ってました。

ただ、「このままだったらこの人と一生一緒に暮らしてはいけないなぁ」って
そうも思っていたんです。だから、友人と会社を作ったり、
在宅でできる仕事を始めたりしていました。
目標は「10年後、自立して離婚する!」だったんです。
このあたりのことは、またゆっくり……(^-^;

次にコーイチ君のママが渡してくれた10万円いりの封筒のこと。

もちろん、後からちゃんとお茶菓子添えて返しに行ったんですが、
彼女は親御さんから
「急に何かあった時のために10万円は用意しときなさい」と言われて、
封筒に入れて、ドレッサーの引出しにいれてあったそうです。
まさか、ご近所の私に役立つとは!? ということでしたが、
この後、私も真似させていただいたこと、言うまでもありません。
今は……コンビニもあるしなぁって思ってやってない💦

当時のご近所づきあいの話

この時にお世話になったコーイチくんのママをはじめ、
当時住んでた4軒×2階建てのアパートが
大体同じような子育て世帯で、
まるでシェアハウスみたいに過ごしていました。
みんな鍵かけてなかった(笑)
1階の端にあるわが家の前が少し広い踊り場みたいになっていて、
そこにピクニックシート敷いたり、椅子持ち出したりして、
各家庭の昼ご飯を持ち寄り、
ほぼ毎日ポトラックみたいにご飯食べてたんです。
赤ちゃんをお昼寝させに行くときには
上の子を置いてって遊ばせといたり、
逆に上の子を預かりあって一緒にお昼寝させたり。
さらにご近所のアパートを含め、
子どもたちがごちゃ混ぜになって、
好きな家に行って遊んでた。
そしてまたおやつタイムには集合(笑)
ママやどちらかの子を連れて病院に行くときは、
もう一人は置いて行ってもらったり。
「病院の帰りに牛乳かってきて~!」
「うちも食パン~!」なんておつかいたのんだり。

みんなワンオペだったし、
本当に大変だったんだけど、
このお仲間がいたから、
すごく豊かな子育てができたと感謝しかありません。

あの夜も、何も言わなくても、
コーイチくんのママが息子の手をしっかり握ってくれてて、
その様子を救急車の中から見てました。
息子のことについてはなんの不安もなかった。
そのことにもあらためて、ありがたかったなぁって思います。

そのうちの何人かとは、
今もお付き合いが続いていますし、
おひとりはなんと近所に越してきて、
今一緒にヨガのレッスンに参加しています。
不思議なご縁~!

かかし座のクラファンも引き続き行われています! 今日が最終日