体育会の体質として、
・軍隊みたい
・上下関係が厳しい
・先輩や指導者には絶対服従
ということがよく言われます。
それは間違っていません。
血気盛ん
若くて闘争心に溢れた多数の若者たちを
一つのチームとしてコントロールするには
秩序
が必要です。
そして、その一番簡単な方法が
力で制する、ということです。
その力が純粋に
指導力や人間力というものだといいのですが
暴力だとか
暴力的な発言、態度、などというものであることも
少なからずあります。
さらに、
ものすごくたくさんの部員がいるところでは、
試合に出られるかどうかというのは、
選手にとってとても大きな要素です。
そのスポーツで生きていきたい選手にとっては、
それが将来の進路を決定づけることにもなります。
そして、それを決める立場にある人は、
何も言わず、ただそこにいるだけでも
大きな力を持っています。
誰が試合に出て、誰が控えに回るのか、
すべての選手にわかる明確な基準を打ち出しているチームは
ごくまれです。
競技によっては、基準を設けること自体が難しい
ということもあるでしょうし。
選手の立場では、
自分がチーム内のライバルと比較して
優れているか、劣っているかはある程度わかるものです。
でも、似通った特性、コンディションの場合には、
「自分を選んで!」とアピールするでしょうし、
どうしたら選ばれるかを必死で考えるでしょう。
そこで、指導者に逆らうということはまずありえないです。
また、優れた指導者ということで言えば、
自分を人間的に成長させてくれる人、というのが
優等生の答えだと思いますが、
勝ち負けがある以上
勝たせてくれる指導者を優れた指導者と捉える
のが普通です。
弱小チームを全国大会に出られるレベルまで持って行ったとか、
野球だったら甲子園に連続で出場させたとか、
そういう「結果」をもって優秀な指導者と考える。
選手も、親も、母体となる学校側も。
そして、
おかしいと思っても
「イヤだ」とは言えない雰囲気ができあがっていきます。
「イヤだ」ということは
組織からはじき出されること。
せっかく親しんできた、
また、精進してきたスポーツを
捨てる、ということになるし、
思い描いていた将来を断念することにつながるでしょう。
これ、なんかいじめの構造に似ているし、
パワハラやセクハラの構図にもそっくりです。
だから今回みんなが義憤にかられたのかもしれません。
残念ながら、指導する側は
この構図に対してほとんどの場合無自覚です。
自分の人間的魅力にみんながついてくるのだ、と
錯覚してしまっている指導者の方も散見されます。
今、選手の立場からも、
親の立場からも、
少し距離を置いたところで、
あえて言うなら
「イヤだ」と言って外されるような組織なら、
いないほうがいいです。
どうして外されたのか、
どうしたら使ってもらえるのか、
自分に足りないものはなんなのか、
「教えてください」と言えない相手、
そのときに自分が目指すべき
正しい道筋を示してくれない相手は
ちゃんとした指導者とは言えません。
今はどの競技でも
学校の部活以外にも活躍の場が広がっています。
クラブチームに所属してもいいし、
思い切って海外でプレーするという選択肢もあります。
自分には合わないって思いながら、
自分がとても大切にしているものを犠牲にして、
一つのチームにしがみつく意味が
どんどんなくなっています。
大学生はもう子どもじゃないと私は思います。
いろいろな期待を背負い、
自らも大きな夢を持って
体育会の部活に所属している選手にとっては
そう簡単に「イヤだ」と言えないのはよくわかった上で
あえて、そこは自分で決めるべきだと考えます。
どんな組織でも、
間違っていること、直感的にイヤだと思うことに対して、
イヤだ、と言えない組織はやはり間違っています。
自分が間違っていると思うことに対して
「イヤだ」と言えない組織から離れることは
忍耐力がないということでも
中途半端だということでもありません。
指導する立場の人たちは、
どんなにフレンドリーに振る舞っても、
そんなつもりじゃなかった、と言い張っても、
自分の存在自体に大きな影響力があることを
しっかりとキモに銘じてほしいです。
というわけで、
明日からはまた
脱白髪染め作戦に話が戻ります(~_~;)
|
|
|
|
|
|


